ILC誘致 シンキング・バーズの見解

◆ILCの北上山地誘致に反対します

 「国際リニアコライダー(ILC:International Linear Collider)」建設計画に対する日本学術会議の最終答申が、まもなく示される見通しです。私たちは、この計画の概要とリスクに関わる側面を、かつてのサイトを通して公開していました。
 私たちは、物理学の発展と進歩を否定するつもりは毛頭ありません。また、次代を担う子供たちが、世界最高水準の科学的知見に触れ、国際交流が図れる場が、岩手県南部を中心とした地域にでき、その夢を育む機会が増えることを否定するつもりもありません。
 しかし、この施設が持つリスク側面は、直視する必要があると考えます。そのリスク側面の抽出と対応策の提示は、十分に示されているでしょうか。一関市は現在、人口減少と高齢化が岩手県内でも突出したスピードで進行しています。また、同市内の雇用に大きな役割を果たしていた大手企業2社が、工場閉鎖の方針を決め、撤退する見通しになっています。だからこそ、ILC誘致の早期実現が必要とする見解は、当然あると思います。
 しかし、リスクがあることへの十分な説明がないままの誘致促進は、市民の憂慮をさらに深めると考えます。
 私たちがかつて示したILC誘致のリスク側面は、以下のものでした。
 1.災害リスク
   東日本大震災クラスの地震災害や気候変動に伴う豪雨災害に、どう備えるのか。
    ☞⇒東日本大震災による地下構造物の被害は報告されていないことから、同程度の地震でも影響は少ないと想定される。
    ⇒豪雨等による浸水への対策が必要。
 2.事故リスク
   未知の領域を研究する施設という特性上、想定外の事故では済まされない事態の発生確率は、皆無と言えるのか。
    ⇒加速器の運転中に放射線が放出されるため、「放射線管理区域」として管理される。
    ⇒放射性物質の域外放出(放射加水等)は、想定される。
    ⇒火災、停電、ヘリウムリーク(冷却用液体ヘリウムの漏洩=トンネル内酸欠の可能性あり)への対策が必要。
 3.経済リスク(建設費負担)
   多額の建設費負担を、どのように賄うのか。
    ⇒詳細設計ができていないため、いくらかかるかは不透明。
    ⇒地下での大規模工事のため、予期せぬ出来事(断層、湧水、出水等)により、建設費増、工事遅延の可能性がある。
    ⇒スイスのCERN建設では、経済情勢の変化で建設費不足に陥った。
 4.経済リスク(経済効果の地元還元率)
   経済効果の内実は、地元還元よりも外部資本への還元になる比率が、極めて高いのではないか。
    ⇒使用資機材の導入は、国際競争入札になると考えられる。
 5.治外法権化リスク
   専門性の高い学術「村」のような閉鎖的なエリアが、一帯にできるだけではないのか。
    ⇒国際機関のため、国の管理を外れ、大量破壊兵器等の開発、製造、使用又は貯蔵に用いられる可能性が皆無ではない。

※注)⇒は『「国際リニアコライダー(ILC)計画に関する規制・リスク等調査分析」報告書』(2018年2月、野村総合研究所)による

 このほか、優れた自然環境を持つ北上山地の環境破壊、日本で稀有の古い地層の破壊、それに伴う地球研究素材や未知の文化財の喪失等、上記以外のリスクあり、末代までの禍根となる可能性があります。施設自体が地殻災害の震源となる可能性への言及もありません。
 このような懸念があるにもかかわらず、ILC誘致に前のめりになり、市勢全般が直面している現状への打開策を示そうとしない現市政に対し、私たちは、NOを突きつけざるを得ません。また、誘致推進を掲げる自治体の中で、このような懸念を真摯に受け止めておられる自治体は、早々に推進活動からの離脱を表明して頂きたいと願っています。

 私たちは、一関市の望ましい未来像を次のように考えています。
◆100年の平和と繁栄を築いた古都・平泉の地勢を踏まえ、東北地方の中核を担う国際色豊かで文化的な平和都市の創造を目指す。
 その戦略として、以下のことを提言します。
 1.国際的視点に立った時代を担う文化的な創造拠点と発信拠点の整備促進
   撤退を予定している一ノ関駅周辺の企業跡地の利用と拠点化(デジタル・コンテンツを含む独創的な文化創造拠点の基盤整備)
 2.創造的文化を基軸とした求心力の拡大促進
   岩手県南から宮城県北の三陸沿岸、岩手県南内陸部から仙台市、首都圏への求心力の拡大(担い手となる企業や人材の集積促進)
 3、平泉が担った質が高く平和な文化都市の継承
   京に次ぐ人口規模を誇ったとされる平泉の自律性を踏まえた現代に見合う文化都市づくり
 私たちは、一関市周辺の地域を、平泉の歴史を踏まえて「北都(ほくと)」と考えています。「都(みやこ)」にふさわしい創造的な文化力とその発信力、さらに人々を惹きつける求心力を備えることは、1,000年以上も前に、すでにこの地域が実現していたことです。当時の都市づくりは仏教に大きく依存していました。しかし、現代においては、多様な価値観を受け入れた「都づくり」を進めることが求められ、この地域がそれを担うことは、他に勝る歴史性の裏づけがある、と私たちは考えています。

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過去の掲載記事

2013年2月11日付

脚光浴びる「国際リニアコラーダー(ILC)」建設計画

 宇宙誕生の謎を解明する研究施設として、「国際リニアコライダー」建設計画が脚光を浴びている。2012年7月にスイス・ジュネーブ近郊にある欧州合同原子核研究所(CERN)で「ヒッグス粒子」とみられる新しい粒子が発見されたと報じられて以来、宇宙誕生の謎解き分野としてにわかに注目が集まった。
 日本国内では、岩手県と宮城県にまたがる北上山地、福岡県と佐賀県にまたがる脊振(せふり)山地の2地域がILC建設候補地に挙がっている。海外では、アメリカ・シカゴ近郊、現在CERNがあるスイス・ジュネーブ近郊、このほか、ロシアでも候補地があるとされているが、日本での建設が有力視されているらしい。2013年中に国内候補地が一本化され、2015年には建設地が最終決定される見通しという。
 ILCは、いったい何をもたらすのだろうか。

話題になった「ヒッグス粒子?」の発見

 高エネルギー物理学の研究は、ヨーロッパ、アメリカ、アジアの3地域で並行して進められて来たと言われている。ヨーロッパを中心に発展して来た近代物理学は、第二次世界大戦下で研究者がアメリカに流出するなどの経緯もあって、多極化が進んだとされている。
 ヨーロッパでは1954年に、素粒子の基本法則や現象を研究する欧州共同の国際研究機関として、スイス・ジュネーブ近郊のフランスとの国境地域にCERN(セルン)が設立され、シンクロトロンやコライダー(加速器)を用いた研究が積み重ねられた。さらに、物質の究極の内部構造を探索する装置「大型ハドロン衝突型加速器(LHC:Large Hadron Collider)」が、14年の建設期間をかけて2008年に完成し、数々の陽子衝突実験などが行われた。LHCは、地下約100kmに掘られた周長26.7kmに及ぶ世界最大の円形トンネル型加速器。
 そして、2012年7月、これまで未発見だった質量の起源とされる「ヒッグス場」における「ヒッグス粒子」とみられる粒子を観測したとCERNが発表し、大きな話題となった。

◆「World Wide Web誕生の地」CERN
 CERNは、「World Wide Web誕生の地」としても知られている。世界中に散らばった実験チームの研究者が瞬時に情報共有できるようにするため、計算機部門を担当していたTim Berner‐Lee氏が1990年に発明したWebが、インターネットの扉を開いた。

2013年中に国内建設候補地を一本化か

 世界の高エネルギー物理学研究者と加速器研究者は2004年8月、世界各地で並行的に進められている加速器研究を統合し、国際協力で実験施設を建設することで合意した。これは、世界初の巨大な線形加速器による地下実験装置で、世界で一カ所に建設される。
 研究者による国際推進グループは、2012年暮れに技術設計報告書を発表した。それによると、下記のようなスケジュールになっているという。

■ILC建設スケジュール
年代 計 画 内 容
~2012年 国際共同設計チームによる「技術設計報告書(TDR)」発表
2013年 ILC国際推進組織が「技術設計報告書」正規版を出版
  ↓   (日本の国内建設候補地一本化)
日、米、欧各国政府等に提示
2013年~ 各国政府間協議
2015年頃 建設地決定
建設開始(約10年間)  建設費約8,000億円(建設国が1/2負担)
2025年頃 稼動開始

     出典:先端加速器科学技術推進協議会ILC PROJECT(国際リニアコライダー計画)


 ILCの建設候補地は、日本国内の2カ所(北上山地と脊振山地)、海外では、CERNのあるスイス・ジュネーブ郊外のほか、アメリカ・シカゴ郊外の「フェルミ国立加速器研究所(通称:Fermilab)」近郊やロシアが挙がっている。2013年に入って下村文部科学大臣が日本誘致を明言するなど、日本が建設地に選ばれる可能性が高いとの声もある。

世界のILC建設候補地

用語の解説

◆高エネルギー物理学
加速器で作る高エネルギー粒子の衝突反応を詳しく調べて、究極の物質構造、基本的相互作用、時空の構造を研究する学問分野。日本では、高エネルギー加速器研究機構(KEK)などの施設で各大学の研究者が研究を進めている。
◆素粒子
物質を構成する最小単位。それ以上分割できない粒子のことで、6種類のクォーク(陽子、中性子など)と6種類のレプトン(電子、ニュートリノなど)があるとされている。
◆ヒッグス粒子
素粒子に質量を与えると考えられる未発見の粒子。宇宙が生まれたビッグバン直後には、あらゆる粒子は質量を持っていなかった。しかし、宇宙が膨張して冷えた段階で、素粒子の動きを抑制する「ヒッグス場」が形成され、その抵抗を受けて素粒子が動きにくくなり、質量につながったとされている。
◆ILC
International Linear Colliderの略称で、全長31km~50kmの直線の地下トンネルの中に設置される線形加速機を中心に、トンネルの中央部で電子と陽電子の衝突反応を観測する大規模な実験装置。地下トンネル内に設置する精密な超高真空ビームパイプの一方の端から電子を、もう一方の端から陽電子のビームを入射してほぼ光の速度まで加速。中央部で正面衝突させ、ビッグバンとほぼ同じ高エネルギー状態を作り出す。その瞬間に発生する素粒子などを測定、解析することで、宇宙の起源解明につながると期待されている。リニアは「直線」、コライダーは「衝突加速器」の意味。
◆陽電子
電子の反粒子のこと。電子と逆のプラスの電荷を持っていて、質量、電荷の値は電子と同じ。電子と出会うと消滅するとされている。


出典:先端加速器科学技術推進協議会ILC PROJECT(国際リニアコライダー計画)高エネルギー物理学研究者会議ATLAS JAPAN LHCアトラス実験「CERNの概要」、パンフレット『国際リニアコラーダー』(岩手県国際リニアコラーダー推進協議会作成)、『ILCニュースVol.1』(岩手県一関市発行、2012年6月)

震災復興・東北地方全体として誘致活動が活発化

 国内候補地のひとつ、北上山地がある岩手県では、「東日本大震災からの復興の象徴的プロジェクト」という位置づけで、県庁内に誘致実現に向けた専門担当組織を置き、国などへの働きかけを強めている。産業界でも、県内経済5団体が発起人となって「岩手国際リニアコライダー推進協議会」が2012年4月には設立され、協力の意向を示している。
 また、宮城県内でも東北地方全体として誘致活動を推進しようという動きが活発化している。2012年7月には、産業界・経済界、地方自治体(各県、仙台市)、大学等で組織する「東北ILC推進協議会」が発足、東北大学でも独自に「東北大学ILC推進会議」を立ち上げた。2013年1月には、青森県、岩手県、宮城県、福島県が東日本大震災からの復旧・復興に関する要望書を4県合同で国に提出し、その一環としてILCの東北誘致も求めている。
 東北ILC推進協議会が公表した『-東日本大震災からの復興に向けて-ILCを核とした東北の将来ビジョン』と題する提言によると、ILC誘致による経済波及効果は、建設期間と運用期間を通じた30年間で約4兆3千億円と見込まれ、延べ約25万人(年平均で約8,300人)の雇用創出効果があると試算されている。
 一方、脊振山地がある九州地方でも、福岡、佐賀両県を中心に経済団体や九州大学などが誘致推進協議会を設置する動きを見せており、両候補地の地元を中心に各メディアが動向を報じていることもあって、ILCへの関心が各方面で高まっている。

自治体は「国際学術研究都市」に期待感

 ILCの建設の建設に伴い、施設を核とした「国際学術研究都市」が形成されると期待されている。一寒村に過ぎなかったスイスのジュネーブ近郊の一角が、CERNによって世界中から研究者が集まる国際学術研究都市へと変貌したように、全く新しい街が形成されると考えられる。
 国内候補地の一つ北上山地は、青森県南部から岩手県中東部を縦断し、宮城県北部まで伸びる南北約260kmの丘陵山岳地帯である。北上川流域の岩手県内陸部と宮古市や釜石市などの三陸沿岸地域を遮る山間地帯になっている。平坦地が少ないため耕作地は限られており、林業や畜産業があるが、おおむね人口減少と高齢化が進む過疎地域と言える。山地のほぼ中央部に遠野市がある。
 全長31km~50kmの地下トンネルと想定されるILCの建設候補地は、北上山地南部の岩手県奥州市から同一関市、宮城県気仙沼市までの一帯に予定されている。
 各自治体は誘致に向けた動きを活発化させているが、中でも一関市は、2012年3月に『一関市学術研究都市構想の策定に向けて』と題するパンフレットを作成、同年6月には『いちのせきリニアコライダー通信 ILCニュース』の発行し3号にまで至る熱の込もりよう。また、民間企業を対象とした連続講座「ILCセミナー」を開催し、関心の呼び起こしに努めている。
 一関市の場合、同市東部を陸前高田市と気仙沼市に接し、大船渡市にも近い。いずれも東日本大震災の津波被災自治体であり、復興に向けて懸命の努力が続いている。そうした中で、「東日本大震災からの復興の象徴」としてILC誘致を実現することで、隣接自治体を含む広範囲な経済波及効果に期待を寄せているようだ。

 
北上山地のILC建設候補地

※MAPは、カシミール3Dで制作した画像に一関市発行の「一関市学術研究都市構想の策定に向けて」(2012年3月)を参照しデータを追加して作成した。

 

シンキング・バーズの目

 ILC誘致がもたらすプラス側面は、各地方自治体や関係機関、大学関係者や有識者などが盛んにPR活動に努めている。しかし、そのマイナス側面は、一部のブロガーなどを除いてほとんど語られていない。シンキング・バーズは、東日本大震災からの復興と東北地方の産業振興に向けてモデル・シティーの建設を唱えてはいるが、ILC建設を想定したものではない。推進計画の趣旨に異議を唱えるものではないが、誘致候補地に住む住民という立場も含めて、ILC建設計画の「リスク」に関わる疑問点をいくつか提示しておきたいと思う。

1.災害リスク

 未曾有の災害となった東日本大震災は、東日本各地に甚大な被害をもたらし、福島第一原発事故は将来にわたる禍根となって被災住民を苦しめている。
 地震国・日本では、どこに住んでいても地震は規模の大小を問わず100%の確率で発生する。
 施設の建設にあたっては、最大リスクとして東日本大震災クラスの地震を想定し、また、未検知活断層による直下型地震を想定しておくことが妥当だろう。そして、想定に基づく施設被害の可能性を検証し、関係者の安全確保はもとより、地域住民が被る可能性がある被害についても検証して公表すべきだろう。
 また、災害リスクは地震に限らない。風水害、林野火災なども想定する必要があると考える。


2.事故リスク

 ILCは、世界で1カ所に建設される類例のない大規模研究観測装置である。そして、その装置は物理学における未知の領域を研究する装置として建設される。
 類例のない装置による未知の領域の研究である以上、端的に言えば何が起こるかわからない。2008年に完成したジュネーブ郊外のCERNの大型加速器は、まだ5年しか経過しておらず、長期的な安全性が担保されているわけではない。
 ILCの建設にあたっては、可能な限り起こりうる事故リスクを予測し、機械故障による「危険」を含めてあらかじめ公表を求める必要があると考える。例えば、冷却用に大量に使用するヘリウムガスの安全性と想定されるリスク、予測不能な放射性物質等生成の可能性、何らかの機械故障による装置火災等の可能性など。地域住民をも巻き込む事故が発生することは、絶対に避けなけらばならない。


3.経済リスク1(建設費負担)

 ILCの建設には、8,000億円の建設費が掛かると言われている。そのうちの半分(4,000億円)を建設当事国が負担すると報じられている。
 日本での建設が正式に決まった場合、恐らく国は地方自治体にも応分の負担を求めることになるだろう。仮に国と地方による折半とすると、2,000億円が地方負担となる。さらに県負担と市町村負担を折半すれば、各1,000億円の負担割となる。
 こんな負担を負えるだけの力は、地方自治体にはもちろんない。まさかそんなことはしないとは思うが、その負担を住民に求めるようなことがあるとすれば、断じて受け入れることはできない。
 さらに重要なことは、「国際学術研究都市」の建設にはILC本体工事とは別枠の予算措置が必要になる。それらはすべて、当事国負担になると考えられる。道路、上下水道、周辺施設、病院や学校、公園などの公共施設、大量に消費すると言われる電気の供給施設など、整備の内容にもよるが多額の予算が必要となる。それらの予算を、ただでさえ厳しい財政状況にある国が、全額負担で拠出するとは考えにくい。ここでもまた、地方負担があると想定しなければならない。
 どうするのだろうか?


4.経済リスク2(経済効果の内実)

 ILCの建設には、高い技術力を持った企業の参入が必要となる。「東北ILC推進協議会」には、大手ゼネコンや大企業の各東北支店などが名を連ねているが、地場企業の名前はほとんど見当たらない。
 建設が始まった場合に想定される図式としては、本体トンネル工事については工区ごとに大手ゼネコンがすべて受注、地元建設業者は下請か再下請に入れるか、入れないか微妙ということなのだろう。機械装置については、東北地方の地場企業で要求に応え得る技術を持つ会社があるとは考えにくい。
 つまり、8,000億円の建設費で直接東北地方に還元されるお金が、どれほどあるのだろうという疑問である。周辺施設などの整備には地元事業者の参入も見込めるが、前述の通り事業費次第と考えた方が良い。間接的費用としては、宿泊費、飲食費、備材購入費などが考えられるが、業種が限定されるにちがいない。
 また、完成後の経済効果については、雇用という面では一定の効果が期待できるだろう。半面、地元事業者の参入がどこまで可能かは不透明である。また、施設の維持管理のための費用が継続的に必要になることも考えなければならない。その財源をどこに求めるのだろうか。
 つまり、30年間で4兆3千億円とされる経済効果のうち、どの程度を東北に取り込めるかを真剣に考える必要がある。ILCは、孤立した独居老人の生活を救うのだろうか。世界最高水準の技術や技能とは縁のない人々の暮らしを豊かにするのだろうか。人々の暮らしを見つめ、そこにどのようなニーズがあるかを考え、対応して行くことが求められるだろう。

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2013年8月23日付

「国際リニアコラーダー(ILC)」の国内建設候補地が「北上山地」に決定

 注目を集めていた「国際リニアコライダー(ILC:International Linear Collider)」の日本国内建設候補地に、「北上山地」が選ばれた。これは、同施設の日本国内誘致を目指す研究者らが2013年8月23日に記者会見して明らかにしたもので、九州の脊振山地(福岡、佐賀県)と争っていた国内候補地は「北上山地」で一本化された。
※出典:日本経済新聞

安定した地盤や交通の便を評価

 ILCの日本国内誘致を目指していた「ILC戦略会議」の立地評価会議は、日本国内候補地の北上山地と脊振について約半年の時間をかけて多方面から建設条件などの検討を重ねて来た。
 焦点となったのは、最大50キロメートルに及ぶ直線の実験装置を設置できる安定した岩盤かどうかで、脊振山地に対する北上山地の優位性が決め手となったとメディアは報じている。また、北上山地は「比較的なだらかな地形で、工事コストが抑えられ、活断層からも20キロメートル離れている」との評価もあったらしい。
 この報を受けて地元の岩手県や一関市では、早速歓迎の意向を示している。岩手県は、達増拓也知事が「東北の地がILCの国内建設候補地に選ばれた喜びを関係者の皆様とともに分かち合いたい」とのコメントを表明、WEB上でも公開している。同県一関市では、勝部修市長が「20年前の平成5年に岩手県の科学技術振興の担当者として、このプロジェクトに関わり、そして今、国内候補地の首長としてコメントすることに非常に感慨深いものを感じている」とWEB上で個人的な関わりも含めた喜びを語っている。今後は、政府や関係機関に対して誘致に向けて強く働き掛けて行く意向のようだ。
 ILCの日本誘致実現に向けて「北上山地」は、政府の日本誘致の正式表明と国際誘致レースに臨むことになるが、8300億円以上と言われる建設費負担や技術者の確保など課題も多い。日本学術会議が、誘致は「時期尚早」との見解をまとめていることもあり、政府の見解が待たれる。
※出典:日本経済新聞


ILC戦略会議による日本国内候補地の評価

 ILC戦略会議が公表した国内候補地の評価によると、技術評価では北上山地が優位、社会環境基盤評価では脊振山地が優位という結果になった。総合評価として、技術評価の高かった「北上山地」が選ばれた。

                                       
■評価点
技術評価(総合点)評価点(個別)評価点(比較)
北上サイト68点63点
脊振サイト46点37点
社会環境基盤評価(総合点)評価点(個別)
北上キャンパス(A)60点
北上キャンパス(B)51点
脊振キャンパス(A)63点
脊振キャンパス(B)55点

     ※キャンパス(A)及び(B)は、北上・脊振共に研究棟などの中央キャンパス建設候補地を指している。

                             
■主な優位点と課題
候補地名主 な 優 位 点
北上山地国際的に要請されている50kmの直線ルートを確保する上で、許認可、施工上および運用上のリスク、工期・コストなど技術的観点からの確実性において大きく優位。
 ●活断層と認定されている、あるいはその疑いのある大きな断層とルートが約20km離れている。
 ●大型ダムあるいは鉱山跡地等の人工物による立地への制限が少ない。
 ●アクセス用トンネルの長さが短くて済む。
 ●停電等非常時に重要な排水に優れている。
脊振山地中央キャンパスのひとつは、アクセスと社会生活における利便性に最も優れている。
 ●大都市圏に近く、生活環境として極めて高い利便性を持つ。
 ●外国人に対する対応で、福岡市を中心とした地域は、国内でも東京に勝るとも劣らない国内有数の充実度であり実績も高い。
候補地名主 な 課 題
北上山地地震および震災後の地殻変動がある ― 耐震設計の必要性。
積雪への対応が必要でる ― 大きなコスト増にはならない。
トンネル直上の民家や国道に配慮が必要である。
短期滞在者の宿泊施設が不足している。
長期滞在者のための計画的都市づくりが必要である。
道路の拡幅や橋梁補強工事が必要である。
外国人対応の居住環境、医療、教育、文化施設が不足している。
脊振山地ルート直上に市街地や河川、ダム湖などがある。
旧炭鉱周辺では、可燃性ガスや有機性ガスが発生することが想定される。
トンネルが海抜以下になる箇所がある。
キャンパスの拡張が難しい。
生活費にコストがかかる。
共  通外国人対応のサービスや就労機会の拡充が必要である。

     ◆出典:ILC戦略会議・プレスリリース『国際リニアこライダー国内候補地決定について』(2013年8月23日)


シンキング・バーズの目

 ILC北上山地誘致に関してシンキング・バーズは、先にも地元住民という立場も含めていくつかのリスク要因について提示した。最先端科学の研究と平凡な市民の暮らしの両面から、この問題を見て行く必要があるという姿勢は変わらない。リスク側面について、新たな疑問点も含めて提示しておきたい。

1.建設費負担

 ILC戦略会議が公開した資料には、コストに関わる具体的数値は一切表記されていない。両候補地について、コスト増に繋がる可能性がある特性については触れているが、幅を持たせた金額さえ示されてはいない。
 ILCの建設費用は、各種メディアの報道でも、先の約8,000億円から約8,300億円へと上方修正されている。そのうちの半分(4,150億円)以上が建設当事国負担になることは先にも述べた。逆の言い方をすれば、海外資金が相当程度流入して建設される施設であり、必然的にその意向が反映されることになる。
 一説では、付帯設備の建設費用を含めると1兆円が必要とも、2兆円が必要とも言わていれる。この莫大な費用を国民の血税を使って「北上山地」に投資することは、いくら震災復興のためとはいえ、多くの国民の理解を得るには相当の無理があると言わざるを得ない。また、海外資金がどのように拠出されるのかを見極めることも大切である。
 関係自治体や関係機関は、国への働きかけを強めるばかりではなく、広く国民に理解してもらうためのメッセージを発信する必要があるだろう。


2.「北上山地」のフクシマ化への懸念

 フクシマ化とは、在外住民への電力供給を引き受けることで、一定の便益を享受して来たことが、ひとたび甚大な事態が発生すると、取り返しのつかない禍根となって地元住民に降り掛かって来るという構造を指している。
 その過ちは、もう二度と繰り返してはならない。原発同様、高度な科学的知見がなければ入り込むことすらできない「村」が形成され、地域が取り残される事態は避けてもらいたい。国際交流や物理学への関心の高まりを通して、多面的に地域の人や物や経済のレベルアップが図れるならば、大いに賛同する。
 私たちが求めているのは、住民の幸福であって、専門家や科学者のみの幸福ではない。行政は、そのことを良く考え、住民の幸福をサポートするために、責任の所在を明確にした行動をとって欲しいと願う。


3.「北上山地」のオキナワ化への懸念

 早い話が、「治外法権」がまかり通るエリアが北上山地に出現するのではないかという懸念である。「国際学術研究都市」を作るという地元自治体の楽感的意向はあるものの、科学者の興味は、科学的成果にあり、科学的仮説の証明にある。その先には、ノーベル賞があるのかもしれない。
 その科学的成果のために、地元住民への差別や「施設の基地化」が進み、地方自治体はもちろん、国の発言権さえ制限されるようなことになれば、何のための「国際学術研究都市」かということになる。地元住民との結び付きの中から生まれる「国際学術研究都市」ならば、大いに歓迎する。そうではなく、先端科学を傘に地元住民に対して一方的な理解や国際水準対応ばかりを求め、地元を理解しようとすらしない研究者たちが集まる場所ができるならば、住民の疎外感は強まるにちがいない。
 優れた「国際学術研究都市」は、科学者と住民との相互理解と信頼の上に成り立つと信じる。